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vol.1:森の声を、未来に残す。【国立環境研究所】

鳥の声から始める生物多様性モニタリング

「生物季節」という言葉がある。

英語では「phenology(フェノロジー)」と呼ばれ、季節の移り変わりに応じて、生きものの活動や状態がどのように変化するのかを捉えるものである。私たちは2024年から、国立環境研究所とともに11か所のバードソングレコーダーを設置し鳥類の生物季節を観測している。

例えば、鳥がいつ鳴き始めるのか。
何月何日、どの時間帯から鳴き始めるのか。それが毎年記録されていけば、変化が見えてくるかもしれない。
もし、ある鳥の初鳴きが少しずつ早くなっていたらどうだろう。
もちろん、それだけで気候変動が原因だとは言えない。しかし、気温や積雪、植生など、ほかの環境データと長期的に照らし合わせることで、生きものが環境の変化にどのように反応しているのかを知る手がかりになる。
鳥が暮らす標高や場所、滞在する時期そのものが少しずつ変わっていくこともあるかもしれない。
その変化を捉えるために使っているのが、鳥の声を自動で録音するバードソングレコーダーである。
録音した膨大な音声データは、BirdNETというAIを活用した音声識別ツールにかけることで、どの鳥が鳴いている可能性が高いのかを効率的に調べることができる。

鳥類は、森の環境を考えるうえでも重要な存在である。
昆虫などを食べる鳥もいれば、木の実を食べ、種子を運ぶ鳥もいる。鳥の種類や活動を長期的に記録することは、その森で起きている変化を知る一つの手がかりになる。

私たちが拠点としている椹島や、そのすぐそばにある鳥森山では、以前に比べて鳥が少なくなったという話を聞くことがある。
本当に減っているのか。
もし減っているのであれば、なぜなのか。まだ分からない。
気候の変化かもしれない。植生の変化かもしれない。シカをはじめとする動物との関係かもしれないし、人の活動による影響もあるかもしれない。
だから、まずは記録する。
そしていつか、鳥森山に今よりもっと鳥の声が聞こえるようになってほしいと思っている。

早朝、鳥のさえずりが聞こえてくる。
その声を聞きながらコーヒーを飲む。
きっと、ずいぶんおいしい。

そんな景色をつくることも、私たちが考える鳥森山や椹島の未来の一つである。
鳥の生物季節を記録することには、もう一つ面白い可能性がある。
それは、教育やネイチャーウォークへの活用である。
いつ、どの場所で、どんな鳥の声が聞こえるのか。
長期的にデータが蓄積されれば、「この季節、この辺りを歩けば、この鳥に出会える可能性が高い」といったことも少しずつ分かるようになるかもしれない。もちろん、希少種の生息情報など、公開には十分な配慮が必要である。

なぜ私がそこに興味を持つようになったかというと、個人的なきっかけがある。
私は仕事で、さまざまな方を南アルプス井川山林にご案内している。
そこで、何度も同じ質問をされた。

「今、鳴いている鳥は何ですか?」

私は答えられなかった。
案内をしているのだから、知っていて当然と思われていたのかもしれない。
少し言い訳をすると、山の知識の裾野はものすごく広い。
気象、水質、地質、草、樹木、コケ、地衣類、キノコ、獣、鳥、魚、両生類、昆虫、文化、歴史、地図読み、遊び方、安全管理…
挙げ始めればきりがない。

人生をかけても、そのすべてを網羅することはできないのだと思う。
でも、そこで「分かりません」で終わってしまうのも、なんだか面白くない。
なにより、いろいろな人が同じ質問をするのである。
きっと鳥の声には、人を惹きつける何かがあるのだろう。私自身も興味はある。
そこで私は、鳥の声のCDを買って勉強を始めた。(山までの通勤時間は片道3~4時間もあるのだ。)

森林性の鳥なのか。
水辺にいる鳥なのか。
高山にいる鳥なのか。
どこで鳴くのか、梢か藪か。
どの季節によく鳴くのか。

鳥の声だけを覚えればよいわけではなかった。
「その鳥が、いつ、どこにいるのか」という情報まで音と一緒に覚えなければ、なかなか判断できないのである。
しかも山の鳥は、木々の中に隠れて姿が見えないことも多い。
勉強の甲斐もあって、少しずつ質問に答えられるようになった。

「あれはルリビタキですね」「メボソムシクイです」

そう答えられると、お連れした方が喜んでくれる。
そして私も、なんだか嬉しい。ただ、少し分かるようになっただけで、まだまだ分からないことの方が圧倒的に多い。
だからこそ、今回設置しているバードソングレコーダーに期待している。
人間の耳と記憶だけでは捉えきれない森の音を、毎日、同じ場所で記録し続ける。
(もっとやろうと思えば、虫の音でもコウモリの超音波でも出来る。)

それが積み重なれば、みんなが鳥を知るための教材にもなるし、生物多様性をモニタリングするための基礎データにもなる。そして、私が目指している「鳥森山をバードサンクチュアリにする」という長い道のりを測る、一つの指標にもなるはずである。

例えば、鳥森山では下層植生が乏しい場所がある。
そのことが昆虫類の生息環境に影響し、さらに鳥類の餌環境にも影響している可能性はないだろうか。
反対に、植生が回復すれば昆虫が変化し、その結果として鳥の種類や活動にも変化が現れるのだろうか。
現時点では仮説にすぎない。

だからこそ、鳥の音声だけを見るのではなく、植生調査や野生動物調査など、ほかのデータと組み合わせて考えていきたい。
鳥森山で鳥の種類や活動に変化があるとすれば、それを生み出している原因が何なのかは、まだ分からない。
でも、分からないからこそ、今から記録を始める意味がある。

自然環境の調査をしている専門家から、しばしば聞く言葉がある。
「昔のデータがない。」
自然を回復させようとしたとき、過去にどのような状態だったのかが分からなければ、何を基準に「回復した」と判断するのかは難しい。
ネイチャーポジティブを考えるうえでも、基礎となるデータを残していくことは欠かせない。
そして、それは一年や二年で完成するものではない。10年、20年と続いて初めて価値を持つデータもある。
だから私たちは、今から始める。

「鳥の声を録音する」と聞くと、機械を森に置いておけばよいだけの簡単な話に思えるかもしれない。
ところが、これがなかなか難しい。理由は、南アルプスの環境そのものにある。
そもそも設置場所まで簡単には行けない。

冬には気温がマイナス25℃近くまで下がることもある。雨の多い地域で、夏は湿度が高く、一方で冬には乾燥する。
さらに、鳥森山とは別に千枚小屋周辺に設置している最高地点では標高約2,600mにレコーダーを設置している。
その環境の中で、長期間、電池と電子機器を動かし続けなければならない。
国立環境研究所の力を借りながら、電池の消耗対策、SDカードのエラー対策など、少しずつ設備を改善してきた。
それでも電池交換は必要になる。

 

1月と4月には、雪の中を2600mまで登って交換作業をした。
死にそうになるほど大変である。
なぜそこまでしてやるのかと聞かれれば、やはり、その先を見てみたいからなのだと思う。
今録音している鳥の声が、10年後、20年後にどのように変わっているのか。
鳥森山の植生が変わったとき、森の音はどう変わるのか。

そしていつか、ここで集めたデータを片手に皆さんをご案内し、
「この時期は、この鳥の声がよく聞こえるんですよ」「あのシラビソの梢にいますよ」
と話しながら、一緒に森を歩いてみたい。
それが私の夢の一つである。

この取り組みは、すぐに答えが出るプロジェクトではない。だからこそ、長く続ける必要がある。
南アルプスの「今の森の声」を未来に残し、その変化を見続ける。
その積み重ねが、いつか南アルプスの生物多様性を守るための小さな手がかりになることを願っている。

【このプロジェクトを応援してくださる方へ】

私たちは、この生物多様性モニタリングと自然環境を通じた教育を長期的に続けていくため、本プロジェクトをご支援いただけるスポンサーを募集しています。
南アルプスの森の「今」を記録し、未来へつなぐ活動に、ぜひお力をお貸しください。

お問い合わせは十山㈱総務部宛にこちらから。

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